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兵庫県教職員組合

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1.17追悼の夕べ 小島汀さんの語り

1.17追悼の夕べ 小島汀さんの語り
関西大学4年生の小島汀(おじま みぎわ)と申します。私は、震災当時、父、母、4つ上の兄と芦屋市津知町に住んでいました。震災で家は全壊、父は生き埋めになり、亡くなりました。

当時は3歳だった私は、たんすの下敷きとなり約3時間後に救出されましたが、記憶はほとんどありません。すぐ近くにあった祖父の教会が無事だったということで、そこで2年間ほど避難生活を送りました。ごちゃごちゃの生活の中でも、支援に来てくださる方々がかかわってくださったおかげで、私にとっては楽しいこともありました。

私は正直に言えば、気づいたときには、父親がいないことが当たり前になっていました。しかし、小学校に行くようになり、授業参観日に自分の母親だけが来られないことがありました。父親がいない家庭を支えるため母親が働かなければならないこと、自分の父親が震災で亡くなったことを初めて意識しました。3年生くらいまで、暗い部屋で寝られない、トイレのドアを閉められないといった震災トラウマを抱えて生活しました。

ただ、私は、震災直後から、自分と同じ震災で親を亡くした境遇の仲間にあしなが育英会で出会いました。学校で友達が父親の話をするときの辛い思いを、あしなが育英会の仲間には話すことができました。この出会いがなければ、今、こうして皆さんの前で話せるようにはなっていなかったと思います。

さらに大きな出会いは、小学校6年生の担任の先生です。私の通っていた芦屋市の精道小学校では、今でも20年間追悼式を続けています。私が6年生のとき、それまで先生方が進行していた追悼式を6年生が企画・進行することになりました。総合的な学習として震災当時の様子を調べたり、黙祷や献花の意味を調べたりと学習をすすめていました。また、式の中で遺族代表のあいさつがありました。4つ上の兄も代表となっていたため、私も6年生になったら代表になるんだろうと思ってはいました。しかし、いざ、遺族代表として読む父親への手紙を書こうとしてもあまり記憶がありません。何を書いていいのか分からず、全く鉛筆がすすみませんでした。
そのとき、担任の先生や復興担当の先生が「素直な気持ちを書いていいんだよ」と声をかけてくださいました。私は、今思えば、なぜそんなことを言ってしまったのかと思いますが、「お父さんがいなくなっても私はさみしくないもん」と言ってしまいました。先生はその言葉に驚き、私の母に報告したそうです。母は私の思いをしっかりと受け止めてくれ、「それが3歳で震災を体験した汀の素直な気持ちだと思います」と伝えてくれました。先生方も震災遺児との向き合い方を熱心に考えてくれました。私の思いを共有してくれ、そばに寄り添ってくださいました。あの時、先生が問いかけてくださらなかったら、ずっと心の中に父がいない悲しみを自分の中で整理できずに抱えていたのではないかと思います。今でも精道小の追悼式に行って当時お世話になった先生方にお会いすることがありますが、背中を押してくださった先生方には、本当に感謝したいと今も思っています。

中学校に進学してからも、震災を語り継ぐ活動をしていましたが、やはり震災の記憶がない自分がもどかしく、もっと震災について知りたいと思うようになりました。そこで、高校は、全国で唯一、環境防災科のある舞子高校に進学しました。それから被災地に行くようになり、私の知らなかったところで動いてくださっていた方や今も支えてくださっている方の存在を知りました。
大学生になり、エイズで親を亡くした子どもたちの学習補助のため、ウガンダに留学することになりました。ウガンダへ出発する2週間前、東日本大震災が起こりました。自分と同じように親を亡くした子どもたちがたくさんいるのではと思いました。しかし、親を亡くした悲しみは、地震であれエイズであれ同じだと思い、そばに寄り添いたいと留学を決意しました。

戻ってから、すぐに東北の被災地へ行きました。しかし、長くて1週間しか滞在できず、そのたびに仲良くなった方々と別れがあることが悲しくなっていました。震災のとき、自分が何をしてもらって嬉しかったのか思い返すと、長期的に関わってくださる方や応援してくださる方の存在の大きさに気づきました。そして、半年間大学を休学し、石巻市雄勝町で活動することにしました。特別なことをしたわけではなく、自分がしてもらってうれしかったことをしただけです。おじいさんやおばあさんの家を訪ねて声をかけたり、お魚をいただいたり、一緒にテレビを見たりしました。子どもたちとは勉強会もしました。その中で子どもたちは「津波の前に戻りたい」「大切なものを取り返したい」といった悩みや悲しみを打ち明けてくれるようになりました。私も20年前の自分の思いや親の思いを考えるようになりました。

初めて東北に行ったときは、情景と何もできない自分にショックを受けました。自分がちっぽけだと思っていました。そんなとき、被災地の中学校の先生が、「気負わなくていいよ。あなたが来てくれるだけで、現地の子たちは元気をもらうよ。18年、19年たったら、自分たちもこんなにいきいき明るくした姿になれるんだと希望になるから大丈夫」と言われ、自分が東北に行く意味、できる限りのことをしたいと考えるようになりました。
こうした20年間の活動の中で、父親を亡くさなければなかった出会いに感謝する気持ちも大きくなりました。

震災で父親を亡くし、人の痛みや苦しみを知りましたが、それ以上に大切な人を大切に思うという当たり前のことを教えてもらいました。そして今、二度と自分と同じ思いをする人はいてほしくないという思いから、子どもたちに防災教育を伝えるボランティアをしています。防災教育とは、難しいと思われるかもしれませんが、私は、人と人とのつながりを毎日大切に大事に生きていくことだと思います。だから、子どもたちにも楽しんでもらいながら防災を伝えるようにしています。

環境防災科にすすんだおかげで、被災地に行くこともできました。そして、先輩や後輩ともつながりながら一緒に震災を伝える活動ができていることに感謝しています。

(※組合員専用ページに動画を掲載しています)

阪神・淡路大震災20年 児童・生徒、教職員- 追悼の夕べ -

阪神・淡路大震災20年 児童・生徒、教職員- 追悼の夕べ -
阪神・淡路大震災20年 児童・生徒、教職員- 追悼の夕べ -
阪神・淡路大震災20年 児童・生徒、教職員- 追悼の夕べ -
追悼の歌では、神戸市立桂木小学校合唱団のみなさんが、「しあわせ運べるように」など、美しい歌声を響かせました。
黙祷の後、泉雄一郎執行委員長と高井芳朗兵庫県教育長が「1.17への思い」を語り、20年の節目を迎え、これまでのとりくみを振り返りました。そして、今後も震災の経験と教訓を生かし、兵庫だからこそできる東日本など各地への継続した支援にとりくむとともに、防災文化の創造と防災教育の充実をはかっていくことを参加者とともに誓い合いました。
メモリアルコンサートでは、芦屋ユニオンアンサンブル(芦屋支部組合員)がリコーダー・鍵盤ハーモニカを演奏しました。震災当時、避難所となっていた精道小でのコンサートの様子を振り返りながら、「ふるさと」など6曲を参加者に届けました。
また、関西大学の小島汀さんから、震災で家が全壊し父を亡くした当時の様子、20年間に出会った人々、自分自身の活動、そして今の思いを語っていただきました。
最後にアンザンブル・フォーゼ(神戸支部組合員)がサクソフォーン四重奏をおこないました。中学生や大学生だった震災当時の経験、今目の前の子どもたちへの思いを語るとともに、「見上げてごらん 夜の星を」など、追悼の思いをこめた3曲を演奏しました。(組合員専用ページに動画をしています)

震災から20年。震災を「忘れない」とりくみとともに、震災を経験していない若い世代へ「伝える」とりくみがもとめられています。
兵教組は、今後も、子どもたちに「生きる力」を育む教育実践の深化・発展、自然災害などにより被災した教職員や子どもたちの支援に引き続き努力していきます。

2015年 年頭のごあいさつ

2015年 年頭のごあいさつ
2015年の年頭にあたり、ごあいさつを申し上げます。
今年は、阪神・淡路大震災(以下「大震災」)から20年を迎える節目の年です。大震災を機に広まったもの。「生きる力」「ボランティア」「心のケア」「EARTH=震災・学校支援チーム」など。

「生きる力」は、第15期中教審第1次答申(1996年7月)で示され、今日まで学習指導要領のキーワードとなっています。しかし、兵庫県では、防災教育検討委員会の提言(1995年10月)に「生きる力を育む」と示され、大震災が生んだ言葉として、国に先駆けて打ち出されたものです。そして、「いのち」の尊さが教育の原点にすえられたのです。大震災10年を機に兵教組が発刊した兵庫発の防災読本も『いのち やさしさ まなび』と名付けました。
私たちは、この間、フィンランド、OECD(経済協力開発機構)、中国の教育関係者と交流を深める機会に恵まれました。その中で、OECDが提言している「学力の国際標準」をふまえたとりくみが、各国で展開されていることがわかりました。「学力の国際標準」を中教審の表現を借りて言うと、「単に学校で知識・技能を習得するだけではなく、知識・技能を活かして、実生活・実社会で生きて働く力」「多様な社会・グループにおける人間関係の形成力・調整力」「生涯にわたって学び続け、市民社会に貢献できる力」となります。大震災が生んだ「生きる力」は、「学力の国際標準」と重なり、教育研究活動のサブテーマ「自立と連帯、共生の学びと教育」も同様の考え方です。
私たちは、大震災20年を契機に、子どもたちに「生きる力を育む」教育実践を深めていきたいと考えています。

「ボランティア」が災害発生のたびに被災地に駆けつける姿を今では当たり前のように見ます。大震災のときには「ボランティア元年」と言われました。東日本大震災をはじめ、災害が起こるたびに、助け合い、つながり、絆の大切さを改めて感じてきました。また、EARTHが結成された当時(00年1月)は、これほど毎年のように災害が発生し、EARTHが派遣されるとは想像もしていませんでした。
私たちは、人と人との「つながり」を大切にした教育もすすめていきたいと考えています。

「心のケア」については、大震災当時、認識が不十分でした。PTSD(心的外傷後ストレス障害)、トラウマと聞いても、私自身よく理解できていませんでした。しかし今や「心のケア」という言葉が日常的に使われるようになっています。スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーも配置されてきました。1月18日には、大震災20年にあたり、アメリカのFEMA(合衆国連邦緊急事態管理庁)関係者を5年ぶりに招き、「国際シンポジウム~心のケアの普遍化をはかるために~」をラッセホールで開催します。
私たちは、このシンポで学んだことも踏まえ、子どもに寄り添う教育をすすめていきたいと考えています。
今年1年、阪神・淡路大震災からの創造的復興を語り継ぎ、「いきる つながる みちひらく」をキーワードに教育改革運動をすすめてまいります。

兵教組本部は、学校現場の教職員の実践が豊かなものとなるよう、勤務時間の適正化や教育環境・教育条件の整備・拡充、給与水準の向上、こころの通いあう学校づくりにむけ、引き続き「参加・提言・改革」の運動をすすめてまいります。
本年も、どうぞよろしくお願い申し上げます。

ひょうご教育フェスティバル(第64次兵庫県教育研究集会)開催

ひょうご教育フェスティバル(第64次兵庫県教育研究集会)開催
ひょうご教育フェスティバル(第64次兵庫県教育研究集会)開催
ひょうご教育フェスティバル(第64次兵庫県教育研究集会)開催
11月8日(土)~9日(日)の2日間、西脇市において「ひょうご教育フェスティバル(第64次兵庫県教育研究集会)」を延べ約4,600人(うち、保護者・地域の方・子ども等は約540人)の参加を得て開催しました。本集会は、「開かれた教研」として10年目となります。
全体会は、多可少年少女合唱団による美しく心に響く歌声とともに始まりました。
記念講演は、島田妙子さん(株式会社イージェット代表取締役・兵庫県児童虐待等対応専門アドバイザー)をお招きし、「命の鼓動~被虐待の淵を生き抜いて~」と題して虐待防止についての提起がありました。
分科会は、第1分野「子どもを中心にすえた 楽しい学校づくり」、第2分野「地域と手をたずさえて 子ども・保護者の願う教育改革」と特別分科会「生きる力を育む教育」の24分科会で構成し、分会教研、支部教研へと積み上げてきた教研活動の実践を交流しました。今次教研には、全支部からの保護者・地域の方のリポート50本を含め、総計409本のリポートが提出されました。
記念事業の「子どもの育ちを考えるシンポジウム」は、(公財)こども教育支援財団との共催で、テーマを「いじめの加害・被害と子どもの心~自尊感情を高めるために~」として開催しました。子どもがいじめ解決の主体であることを踏まえながら、加害者・被害者ともに自尊感情を高め、子どもの権利条約の具現化した学校や地域社会としていくために語り合い、学び合いました。
子ども体験・ステージ発表は、両日の昼休みの時間に開催しました。「キッズダンス」「ベル演奏」「バンド演奏」「なかよし太鼓」「和太鼓演奏」が発表されました。
展示・体験コーナーでは、地域の方々の協力を得て、特色あるコーナーを多数開設しました。また、「親子料理教室」「スタンプラリー」も実施し、多くの子ども・保護者の参加がありました。
私たちは今後も、創造的な教育研究活動の定着・発展と、保護者・県民の信頼に応える教育力量の向上をめざして、「いきる つながる みちひらく ~自立と連帯・共生の学びと教育~」をメイン・テーマに教育研究活動をすすめていきます。
地元西脇市の関係者の方々、後援団体のみなさんをはじめ、多くの方々にご協力をいただいたことに心からお礼を申し上げます。ありがとうございました。

2014 カムバックセミナー

2014 カムバックセミナー
2014 カムバックセミナー
2014 カムバックセミナー
育児等の制度や学校現場の最新情報、育児開始というライフステージの変化に対応した生活設計等の情報の提供とともに、育休を終え現場復帰を果たした先輩組合員からの言葉を「アドバイスブック」として配付しました。

講座Ⅰ「育児と仕事の両立支援制度・権利獲得のあゆみ」
現在の育児支援制度の概要と、参加者から質問の多かった「育児短時間勤務制度」等について兵教組より説明をおこないました。「制度のことを具体的に聞けてよかった」「組合が獲得してきた権利によって、私達が今、ゆっくり子育てできていることがわかった」などの感想があり、改めて組合運動の大切さを確かめ合うことができました。

講座Ⅱ「子育て世代の貯蓄と保障」
教職員共済より、子育てに関わる貯蓄と保障について実際にかかる費用を例示しながら提案がありました。参加者からは、「全く考えていないところだったので、ハッとした」「見直しをしたいと思っていたので、いいきっかけになった」「保障の見直しをすることの大切さがわかった」などの声がありました。

講座Ⅲ「学校の最新情報」「参加者交流会」
各支部からの情報提供や参加者同士の交流をおこないました。
「市の情報、現場の情報が聞けてよかった」「同じ立場の皆さんの話し、心配していることなどを聞けて参考になった」「もっと時間がほしかった」などの感想がありました。

全体を通して、「いよいよ現場に戻るんだ、という心構えとしてもよい機会だった」「託児があったので安心して講座に参加できた」など、アンケート提出者全員が、セミナーに参加してよかったと回答していました。
しかし、「制度はありがたいが、周囲の目や管理職の目が気になって制度を行使しにくい」という意見もありました。今では当たり前に行使できる産休や育休も、制度ができるまで、また実働するまでには大変な苦労がありました。
育児だけでなく、介護やそれぞれのライフステージに合わせた働き方はすべての教職員に必要です。権利拡大とともに、権利行使しやすい職場づくりをすすめていきましょう。

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